JRAウインズ種市 霧生宗弘さんのお話です。

小泉(以下、小)「まず、競馬ファンの方はご存知かと思いますが、今お勤めのウインズ種市、どんな場所なんでしょうか」
霧生(以下、霧)「洋野町種市の海沿いの丘にある所なんですけれども、1階が一般エリアで迫力のある中型映像があり、JRAインフォメーションもあるので、初心者にも丁寧にご案内するところになっています。あとは食堂もあり、2階は有料席となっています」
「現在の霧生さんのお仕事内容はどんなものですか?」
「一言で言うと、ウインズ種市の運営管理全般です」
「ウインズ種市の所長になられたのは、いつでしたか?」
「今年の3月からです」
「JRAさんに入社されてから、今までどんなお仕事をされてきましたか?」
「最初の2年間は京都競馬場で、馬券を売っているスタッフさんのホーム管理などを行っていました。その後は、全国のウインズの運営管理をしている部門に2年ほど。その後の2年間は阪神競馬場で、競馬開催日に入居してくる馬、ジョッキーとか調教師のみなさんと運営管理をしていました。そして、東京にあるウインズ新橋でウインズ全般の運営管理をしておりました。そこからまた本部に戻りまして、馬券を売っている発売機だったり、票数の計算機などのシステム全般に携わる仕事をしていました。その次が新潟競馬場に行きまして、イベントや広報を担当しておりました。そしてウインズ種市に参りました」
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「東京がご出身ということなんですけれども、競馬との出会いって何だったんですか?」
「実家の父が、野球がすごく好きでして。スポーツ新聞を家で取ってまして、そのスポーツ新聞を読んでいる内に競馬に興味がわいてテレビを見るようになり、気付いたら毎週見ているような人間になっていました」
「そこからJRA日本中央競馬会に就職なさるわけですけれども、そこから競馬を好きになったのですか?」
「競馬はいろいろある趣味の一つだったんですけれども、大学生になり就職活動で色々な一般企業を受けさせてもらったのですけれども、その中にJRAがあって内定を頂いたというところです」
「しかし、とても遠い土地に移動されることになったのですね。約9ヶ月ですが、八戸の印象だったり住んでみていかがですか?」
「優しい方が多いなと感じます。家族と住んでいるのですが、家族も楽しそうに生活しています」
「お休みの日とかどこかへ出かけたりしましたか?」
「どうしても近場になってしましまして、八食センターに行ったりとか、ショッピングモールとか、蕪島、種差海岸行ったりとか」
「まだ行っていないところで、行ってみたいところはありますか?」
「ちょっと足を伸ばして十和田湖とか。まだ行っていないんですよ。暖かくなってからと思っているんですけど」
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「今後のお仕事の目標を教えていただけますか」
「ウインズ種市に沢山のお客様にお越し頂いて、競馬を楽しんでいただくのが一番の目標ですね」
「ご家族で八戸に移り住んでいる霧生さんから見て、八戸ここがこうなればいいのになって思うところはありますか?」
「観光資源が沢山あるのにそれが全国的に伝わっていないのかなと感じています。食事にしても、美味しいものは沢山ありますし、サバにしろにんにくにしろ。あとい三社大祭とか、館鼻岸壁の朝市とか、観光資源にあるものは沢山あるなと感じているんですけれども、それが東京の方ではあまり認知されていないなと感じますので、そういう認知を広めていって、活性化できればいいんじゃないかなと思っています」
「最後に、ラジオをお聴きのみなさん、市民のみなさん、これから競馬ファンになる方などに、メッセージがありましたらお願いできますか?」
「競馬はギャンブルというイメージでご覧になっている方もいらっしゃるかと思うんですけれども、実際はスポーツとして魅力が沢山あるものなので、是非競馬をご覧頂いてお楽しみいただきたいと思いますので、よろしくお願いします」
「霧生さんもご家族での八戸の暮らし、楽しんで下さいね。今週のお客様は、ウインズ種市の所長 霧生宗弘さんでした。ありがとうございました」
「ありがとうございました」

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